ring the noise

2001年8月23日
夜遅く、会社の前をとおりかかるとまだ、電気がついていることに気づいた。
 薫子がタイムカードを押した時は、まだ半分以上が残っていたはずである。
彼等がまだ残業をしているのだろう。

そう思って、薫子は何気なく窓を見上げた。
すると……
なにやら怪しい人影が薫子の視界を横切った。
人?いや、それは人というにはあまりにもイビツだった。
しかし、頭も足も、腕もある。人のようで人でない。
人にしては背がたかすぎ、
そして、なにか奇形のような手のうごき……。
不気味なその形に薫子は最悪の事態を想像した。

いじめられっこまっつんの、首吊り死体……。
いやぁああああああ。
一瞬の戸惑いの後、彼女は決意した。
薫子は急いで事務所へつづく階段を駆け登った。

しかし。
そこには、信じられない光景が繰り広げられていた。

「すじこ買ってきたよー。安かったから2パック買ってきちゃった」
「わぁーい」
「すじこだ。すじこだー」←一番食べたかった人。

薫子は彼等にみつからないように、そっと物陰からその様子を凝視した。
残業中のはずの同僚達は、夜食になにか赤い物体を口にしているようだった。
ぷち、ぷち……。
そう、その物体は、「すじこ」だった。

ざ、残業中に「すじこ」を食らっている!?
しかも、すじこだけで!?

その異様な光景に薫子は我を疑った。
どこの会社が夜食に「すじこ」を食べているだろう。
築地の「すじこ」問屋だって、夜食に「すじこ」だけはたべないだろう。
「すじこ」にむらがり、ぬたぬたとそれをほおばる彼等を見て、薫子は戦慄した。
こ、これは本当にいつもの同僚だろうか?
ひょっとして、いつもの善良な同僚達は悪魔かなにかに魅入られてしまい、夜な夜な残業と称しては、このあさましいサバトを繰り返してきたのだろうか??

あの、いじめられっこまっつん、も!?
そこで薫子はなぜ自分がここにきたのか思い出した。
そうだ、あの人影である。
あれこそ、悪魔の化身か何かだろうか。
それとも、まっつんはすでに悪魔のいけにえにされ、彼等の餌食にされてしまっているのだろうか!?
おお、身の毛もよだつ恐ろしさだ。
薫子は静かに人影が見えたあたりをのぞいた。

「おおーい、できたぞぉ」
聞き覚えのある声が、応接室の方から聞こえた。
すじこにむらがっていた同僚達が、なにやら狂喜して応接に向かうのが見えた。
薫子も彼等に気づかれないように、応接室へ移動した。
「……!!」
薫子がそこでみたものは……。

「さぼてん」

楽しげに組み体操をしている、いじめられっこまっつんの姿だった。
マッチョY岡が下で支え、まっつんが手を広げて「さぼてん」になりきっている。

「だれか、あいつに転職情報誌をやってやれ……」
薫子は低くつぶやき、
そしてそのまま事務所を後にした。

応接室では、薫子がいたことになど気づきもしない同僚達が、みんなで「おうぎ」を作っていた。
煌煌と彼等を照らす蛍光灯が、その「おうぎ」の影をつくり、
窓の外……そう薫子がみたあたり……まで、その形を大きくうつしだしていた。

end

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